面倒臭いと向き合うということ

メンドウクサイ

人間の最大の敵

かつて宮崎駿監督が

大事な事は大抵面倒臭いんだ

とインタビューで答えていたことがある。

人間だれしもそうだろう

かくいう私も

面倒臭いと戦いながら生きている

しかし、この面倒臭いに勝てない人間が多い

世の中がどんどん進化し便利になっていく中で

待っていれば与えられる機会が増えたからではないか

と考えている。

勉強に関してもそうだ

漢字、面倒臭い。英単語、面倒臭い

反復練習、面倒臭い

と面倒臭いのオンパレードである

挙句の果てに

臭い臭いと臭いものに蓋押して

自分自身の面倒すら見なくなる

幸せに生きたーい

楽して生きていきたーい

とまるで何かの歌詞のようなセリフまで出る始末である

勉強だと、どうやったら楽に覚えられるの?とか

どうやったら成績って上がるの?とか

そういう質問は面倒臭いから出ているものだろう

答えは簡単誰もが知っていることである

【圧倒的な学習量・演習量とそれを支える圧倒的な時間】

これをいかにこなせるか

ただ作業としてこなしてはいけない

人に説明するにはどう説明したらいいかな?

と思案しながら取り組むことが重要だと言える

思ってた解き方とちがう

けど答えみたからもう平気

とその場で終わらせると

類題は絶対に解けない。

勉強の敵、分かった気になーる君に

取り憑かれてしまうからだ

そうして自信はあるのに答えは違う生徒が産まれる

面倒臭いと臭いものに蓋をして自分の面倒を見ないという事は

何もしないで与えられる事を待ち

与えらたもので結果が得られなかった場合

他者を批判する事になる。

そして誰にも与えられなくなってしまう

そう孤独だ。

その為、面倒臭いと蓋をしていた物の

その蓋と取り払い自分自身の面倒と向き合う

自分自身の面倒を見るという事が

何に対しても重要なのだ。

楽して何かを得ようとすると

楽に落下し堕落する。

反対に面倒事は辛いが一歩踏み出せば幸せになる。

学生のうちに勉強と言う答えのあるもので自分自身の面倒を見る癖を付けよう

そしてその結果と向き合い

何を得ることが出来たのか

そして何が足りなかったのか

自己を分析し前に進むための糧を得よう

その癖を運動や生活、人付き合い

様々なものに応用していくことが

幸せになる1歩だと思う。